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年寄りの知恵を借りて村づくり

090920_keiroucimg5246  今日、平成21年9月20日(日)は、加茂地区の敬老会に参加してきました。

 加茂川沿いに数キロ、山へ向かって入ったところにある加茂公民館が会場です。

 この公民館は、以前の加茂小学校で、敬老会の会場は体育館でした。ステージの右上には加茂小学校の校歌が掲げられていました。

 「加茂の郷」「加茂の流れ」と言った歌詞が使われ、光り輝く山々の素晴らしさとともに、この「加茂」の地への誇りが感じられる校歌です。

 この地区には、75歳以上の方が67名いらっしゃるそうで、敬老会へは37名の方々に参加いただきました。10時開会までの間、現役37名の方々の元気な会話が、体育館の中にこだましていました。

090920_keiroucimg5274 敬老会の運営は、地元3地区の若手女性の方々が、「受付係」「お接待係」「会場設営係」の役割を分担いただき、和気藹々とした雰囲気のもと進められ、30分間ほどの敬老会の式典終了後は、手品じょんがら節の演奏、多くの人達が入れ替わり立ち替わりでのカラオケ披露など、3時間余りの楽しい一時でした。

090920_keiroucimg5265 毎年来ていただいている手品師のご夫婦は、お客さんの選んだトランプを剣で突き刺して当てたり、ハサミで切ったはずのロープがつながったり、突然鳩が現れたり消えたりと、プロ顔負けの手品です。毎年、内容がパワーアップしているそうです。

 

090920_keiroucimg5271  新居浜市でレストラン「じょんがら」を経営されている方の三味線披露では、加茂公民館長の叩く太鼓の伴奏も一緒になり、伊勢音頭の披露など、みなさんとも大いに楽しまれていました。

 

 

 ところで、みなさんは「敬老の日」の起源をご存じですか。少し調べてみました。

 兵庫県の多可郡野間谷村の村長さんと助役さんが、「老人を大切にし、年寄りの知恵を借りて村づくりをしよう」と、昭和22年に始めた「としよりの日」が始まりだそうです。

 これが、昭和25年には兵庫県全域で、その後全国に広まったようです。

 その後、「としより」という呼び方は良くないということで、昭和39年に「老人の日」と改められ、昭和41年には、国民の祝日「敬老の日」となり、現在に至っています。

 「母の日」のように外国で生まれたものが日本に入ってきた記念日とは異なり、日本で生まれた敬老の日、この様な意味合いの記念日は、日本以外の国には無いそうです。

 お爺ちゃんやお婆ちゃん、ご先祖様を大切にする日本人の心根から生まれた記念日なのですね。

090920_keirou  「新居浜から嫁いできました。山が大好きです」と言われる、ご婦人。

 「山が好きで、こっちに家族で移り住んできました」と言われる、小学生のお子さんをお持ちの若いお母さん。

 「ここ千町(せんじょう)の棚田で作るトマトも芋も、一日の気温の変化が大きいから、甘くて美味しいんや」と、にこやかに話してくれるご婦人達。

 「ここ加茂は、西条市の1/6の面積があるほど広いんや。旧西条の時には1/3やったわ。隣の家まで数百メートルあったりするから、ここまで出てくるのも難しかったりする。でも67人の対象者中37名と、加茂は高い出席率の地区」と話していただけるお父さん。

 敬老会の運営に携われている男の方は、「一番の若手が私で、あと定年まで3年ですわ」と・・・。

 この地域を疲弊させてはいけないと、常々さまざまな取り組みを行われているようで、昨日はカラオケ大会に、丸亀まで研修旅行が行われ、この10月25日(日)には、ここ加茂公民館で運動会が予定されています。

 10年ほど前に運動会をやめようという議論があったそうですが、「やめちゃあいかん。この地区の元気さを継続させるにはやめちゃあいかん」と、地域の人達が互いに支え合い、この地区での暮らしを、この地域を守っていただいているんですね

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