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未来は人が選びとってゆくもの

100309future  「2001年の日本」 そんなタイトルの本のコピーを、ある知り合いの方からいただきました。昭和44年(1969年)に刊行された本です。

 21世紀まであと32年という年に、私たちの暮らしがどう変わっているのかを、日本の国土や産業、文化など78の分野の代表者達が予想し、具体の数値を交えながら描いた具体的な21世紀の未来像です。

 本の表紙には「加藤秀俊真鍋博・朝日新聞社 共同編集」の文字があります。定価は680円と書かれています。

 このコピーをいただいたきっかけは、この本の挿絵を描かれた真鍋博さんの話がきっかけです。真鍋さんは新居浜市出身のイラストレーター(この本の中では「画家」と記されています)です。

 いただいたコピーは、「瀬戸内海」というページと、エピローグでしょうか「未来へのアプローチ」と題したページです。

 この「瀬戸内海」に添えられた挿絵は、デフォルメされた四国と中国地方に、文章に対応する様々なインフラや新技術が描かれています。その精巧さと大胆さには圧倒されます。

 また、そこに記述されている未来像の内容は、今の世界と見比べてみると、実現しているもの、まだ研究段階のもの、それとは違った方向へ向かっているものなど、その内容は興味をそそるものでした。

 

 なにより、私の目がとまったのは、「未来へのアプローチ」に述べられた様々な「未来」についての記述です。

林業に従事している人は、二十年先という「未来」を信じて植林をするし、農民は、半年後の収穫に「未来」を予想する。

「未来」には、人間をひきつける磁力のようなものがある。

「未来」を知りたいというのは、人間の根源的欲求のひとつなのかもしれない。

 

 そんな反面、未来がわかってしまうことに対しては、

もし、われわれひとりひとりがその死の日をかなりまえもって知らされている、という仮定の状況を考えてみたら、そのことは容易に想像がつく。

と、未来が分からない事による、心の安定にも触れられています。  

 

 また、

100309menu 未来はただひとつの確定的なものではなく、じっさいは複数の未来のなかから、人間がえらびとってゆく性質のものではないか。

すなわち、人間がその選択的意志によって、「構築」してゆく未来、という視野がそれである。

メニューにならべられたさまざまな料理は、それぞれに異なった「未来」を意味する。

と、未来は自分で選んでいる、こうありたいと未来を構築していると書かれています。

 

 そうして、

こうしよう、こうありたい、という人間の決意や願望が「未来」を構築してゆくのであって、あらかじめきまった「未来」が人間を待ちうけているわけではないのである。

との文章が・・・

 

 どうですか 未来のために、今日をしっかり生きていこう、今という時間を大切にしようという気になりませんか

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