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マイカー、それは日本の家族の夢でした。

120302cimg5757  今日は、東日本大震災の復興支援として復興道路整備のため、昨年の12月より東北地方整備局へ出向していた二人の若手職員による、現地の状況説明会がありました。

 夜は、二人を囲んでの懇親会です。

 その懇親会会場となった店の壁に飾ってあったのが、この「スバル360」の新聞記事です。

 富士重工業のスバルブランドは、1958年にこの軽自動車「スバル360」を製造から始まったそうです。

 富士重工では、今年の2月28日の「サンバー」の製造終了をもって、軽自動車の製造から撤退したそうで、今後はダイハツ工業からのOEMにより軽自動車の販売を続けるそうです。

 富士重工の軽自動車の製造の歴史は、ほぼ私の誕生と同時期に始まっていたんですね。

 新聞広告に目をやると、

 ジェット機づくりの技術が生んだスバル

 マイカー時代のトップをゆく スバル360

 都会の道はラッシュの洪水、地方にゆけば道路はデコボコ、そんな日本の道路事情に完全にマッチして製作された車、それがスバルル360

 4人が楽に乗れて、スタイル、性能、乗り心地などすべてがトップ、経済性は特に優れています。マイカーならスバル360

 また、「マイカー、それは日本の家族の夢でした。」との一文も・・・

 昭和37年(1962年)の掲載記事のようですが、まだまだ舗装されていない道路が普通だった時代。

 「マイカー、それは日本の家族の夢でした。」が、手に入れられない高嶺の花だったマイカーが手の届く存在になったとの意味で書かれた当時のコピーでしょうが、今ではどうでしょうか。

 若者も、車離れが進み、車を持つことに関心を示さなくなっているそうです。

 同じ「マイカー、それは日本の家族の夢でした。」が、車にあこがれていた過去の話を振り返る回想文に読めてしまう、それほど世の中は変わってしまったのでしょうか・・・

 都会にはいろいろな交通手段の選択が可能です。

 それに引き替え、地方はどうすれば移動の手段を確保することができるのでしょうか。

 車以外の選択肢があるでしょうか・・・

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