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「防災教育」を続けることで「災害文化」に

140725p1030790平成26年7月25日(金)、土佐清水市や教育委員会などの主催で行われた「平成26年度土佐清水市 第49回夏期大学講座」に参加してきました。

今回の講師は、群馬大学広域首都圏防災研究センター長の片田敏孝(かただ としたか)教授です。

1960年群馬県生まれで、専門は災害社会工学です。災害への危機管理対応、災害情報伝達、防災教育、避難誘導のあり方等について研究するとともに、地域での防災活動を全国各地で展開されています。「釜石の奇跡」でテレビなどでご存知の方も多いのでは。

講座のタイトルは、「南海トラフ巨大地震に備える ~海と共存する文化を築く地域防災~」とつけられています。会場となった土佐清水市立市民文化会館は、400人ほどの参加者で埋め尽くされていました。

講座のはじめは、「海のない群馬で、津波からの避難について研究している。海に近いところで生活しているのだから、このようなこと(津波)と共存しなければならない。僕らがどう向かい合えばいいのか、社会のありようとしてどうあるべきか研究しているので、海の無い群馬の山の中で研究できている」との話で始まりました。

なぜ釜石で防災教育を始めたかの経緯については、

・地震や津波は防げないが、避難すれば命は守れる。
・2004年のインドの津波の被害の光景を見て、津波なんかで死んではいけない。人は死に方がある。
・防災の研究者として、これを活かさなければならないと強く思った。
・誰がこの子供に逃げないという常識を与えてしまったのか ← 大人である
・この子供たちがちゃんと大人になれるだけの、生き抜く力を持つことが第一だろうと、釜石での防災教育に取組始めた。

今回公表された津波や被害の新想定については、

・地域の人たちが千年に一度の計算結果で右往左往している。
・じいちゃんが、この津波の計算結果でオロオロ生きていくより、来たら来たときと生活していく方が、残りの人生は楽しい。
・「想定」が変わっただけ。自然、地球の営みが変わったわけではない。
・海の恵みいっぱい、自然の恵みいっぱい、何も変わっていない。
・「海」と「町」の関係は昔も今も何も変わっていない。

子どもたちについては、

・中学生は助けられる人ではない、助ける人である。
・率先して避難したり、リアカーを使って、避難を支援する訓練。高齢者宅を訪問し、安否札を配布・・・

また、
・本当の防災は、知識ではない。必ず逃げること、逃げられること。
・防災とは、地域から犠牲者を出さないように、みんなで取り組むこと、みんなで頑張ること。
・てんでんこ出来る家庭とは、一人一人が自分の命に「責任」を持つこと、それぞれが「信頼」できること。
・津波の被害を語り続けるのではなく、(避難することを)やり続けて大人になって、お父さん、お母さんになって、次の世代を育んでいってほしい。
・「防災教育」を続けることで「災害文化」になる。

といった話を聞けました。

最後は「地域防災も、学校防災も、家庭防災も、今子どもたちに見せている背中を大事にして。決して負けてほしくない」と締めくくられ、2時間の予定だった講座は2時間15分を過ぎていましたが、そんな時間を感じさせない講座でした。

逃げるのが常識になっている、そんな社会、そんな文化にならなければいけません。

地震も津波も防げませんが、避難すれば命は守れるのですから。

講座の様子をまとめました。
「140725_katada.pdf」をダウンロード(272KB)

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